みなさんは、天の川(The Milky Way)を見たことはありますか?
銀河系は2千億個もの星やガス、塵などからなる巨大な天体で、私達がいる天の川銀河の中には1000億を超える恒星が存在しています。天の川銀河の起源は136億年前で、太陽は銀河系の中心からおよそ3万光年離れたところにあります。

<Mitaka>
プログラム:加藤恒彦
国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト
銀河系のシミュレーション画像【天の川銀河】はこちらをご覧ください。
https://4d2u.nao.ac.jp/movies/20170601-galaxy/
シミュレーション:馬場淳一
可視化:中山弘敬
国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト提供
「銀河鉄道の夜」は宮澤賢治(1896~1933)の思想と天文学に関する知識が昇華した作品といわれ、壮大な宇宙観の中で人間の存在意義を問い続けた賢治の視点は、私達を未知の世界へと誘います。
賢治は稗貫農学校(現:花巻農業高等学校)で教鞭をとっていた頃、夜空に輝く満天の星空を見上げて授業をしたようです。光の無い時代、漆黒の空に浮かぶ天の川銀河は、今よりもはるかにはっきりと見えたことでしょう。
天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいち光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄いのでわずかの光る粒即ち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。
銀河鉄道の夜
新潮文庫
宮澤 賢治

広島県安芸大田町 小板まきばの里 撮影
ケンタウル祭の夜、ジョバンニは丘の上の天気輪の柱の下でどかどかするからだをつめたい草に投げ出して眠ってしまいます。「天気輪」については諸説ありますが、宮澤賢治語彙辞典(原 子朗 編者)によると、「天気輪」は東北地方にあり、晴や雨など農耕に幸いする天候を祈り、また亡者の菩提をとむらう仕掛けをしたもので、石造りの柱の手の届く部分をくりぬき、そこにはめ込まれた鉄の輪に願いを込めてその輪を右に、左に回したといいます。
するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云う声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊(ほたるいか)の火をいっぺんに化石させて、そら中に沈めたという工合、またダイヤモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫(と)れないふりをして、かくして置いた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかえして、ばら撒いたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦ってしまいました。
気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車窓に、窓から外を見ながら座っていたのです。
銀河鉄道の夜
新潮文庫
宮澤 賢治
ジョバンニは乗客の中にぬれたように真っ黒な上着を着たカムパネルラを見つけます。カムパネルラは列車が間もなく白鳥の停車場に到着することを告げて、ジョバンニに心の内を伝えます。
「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸いになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。
「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫びました。
「ぼくわからない。けれども、誰だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸せなんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるしてくださると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。
銀河鉄道の夜
新潮文庫
宮澤 賢治

広島県安芸大田町 小板まきばの里 撮影
鉄道列車はキリスト教のシンボルである北十字星を天の川に沿って南へと下り、南十字星(サザンクロス)までの幻想空間を走ります。「三次元空間」はわれわれが日常生活を送っているこの世界を指しますが、銀河鉄道が走っているのは「幻想的四次元空間」です。
「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子を被ったせいの高い車掌が、いつかまっすぐに立っていて云いました。(中略)ジョバンニはすっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかもとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳んだ紙切れにあたりました。(中略)それはいちめん黒い唐草のような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込まれていしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。
「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈でさあ、あなた方大したもんですね。」
銀河鉄道の夜
新潮文庫
宮澤 賢治
大正11(1922)年11月27日、賢治の2つ下の妹トシが24歳で夭折しました。翌年7月、賢治はサハリン(旧樺太)までの旅をしており、「銀河鉄道の夜」はこれを題材にしたとされています。妹を白い鳥だという賢治にとって「白鳥座」は特別な意味が込められていたようです。賢治はこのほかにも妹の最期を詩集「春と修羅」に書き、法華経による永遠の安息を願いました。その代表的な作品が「永訣の朝」です。
永訣の朝
けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゆとてちてけんじや)
うすくあかくいつさう陰惨な雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
(あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜(じゅんさい)のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀(たうわん)に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがつたてつぽうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
(あめゆじゆとてちてけんじや)
蒼鉛(さうえん)いろの暗い雲から
みぞれはびちよびちよ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやうあかるくするために
こんなさつぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしのたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまつすぐにすすんでいくから
(あめゆじゆとてちてけんじや)
はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの
そこからおちた雪のさいごのひとわんを……
…ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまつてゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまつしろな二相系(にさうけい)をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらつていかう
わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あぁあのとざされた病室の
くらいびやうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらぼうにも
あんまりどこもまつしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
(うまれでくるたて
こんどはこたにわりやのごとばかりで
くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになつて
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはいをかけてねがふ
校本 宮澤賢治全集 第二巻
筑摩書房
トシは賢治に「あめゆき(みぞれ)をとってきて下さい。」と頼みますが、このみぞれは遥かなる宇宙からの贈り物で、「銀河や太陽 気圏などとよばれたところからおちた雪」です。賢治はこの雪が再び天上のアイスクリームとなってトシに届けられることを切に願いました。(賢治は初版本の「天上のアイスクリーム」をその後「兜率(とそつ)の天の食」に書き直しました。)賢治にとって「ひとわんの雪」は今まさに自分の元から去って天国に行こうとしている妹の聖なる食べ物です。
賢治は自分の故郷岩手を「イーハトーブ」と呼び、郷土性を追求し、そこに登場する子ども達を克明に描きました。1926(大正15)年、賢治は教師を辞し、荒れ地を開墾ながら「ほんとうの百姓」として生きる決意をしました。しかし農家を取り巻く環境は厳しく、東北では冷害や凶作によって亡くなる人も数多くいました。その中で賢治は絶えず人々の暮らしに寄り添い、生と死を見つめながら祈りの生涯を送りました。
賢治も、同じような状況で星を見つめていたのではないか、そんなとき彼の心に去来するのは、幼少期から見てきた、飢餓のために実家の質屋に通う貧しい農家の人たちの姿だったのかもしれない、そういった貧しい人たちのため、あるいは社会のために何ができるのか、夜空を見上げて真剣に考える賢治の姿を私は思いうかべるのである。
賢治と「星」を見る
NHK出版
渡部 潤一
賢治はジョバンニに死後の世界を見せ、南十字星(サザンクロス)を天上の入り口として死者の魂に天の川を渡らせました。「ほんとうの幸せとはなんだろう。」これは賢治自身が生涯問い続けたテーマでした。
ジョバンニはああと深く息をしました。
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸いのためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」
「うん。僕だってそうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」ジョバンニが云いました。
「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云いました。
「僕たちしっかりやろうねえ。」ジョバンニが胸いっぱい新しい力が湧くようにふうと息をしながら云いました。
銀河鉄道の夜
新潮文庫
宮澤 賢治
やがてカムパネルラの姿は消え、ジョバンニは再び地上の世界へと戻ります。銀河鉄道の旅を終えたジョバンニは、そこで友の死を知りました。
賢治には、しかし、カムパネルラが死亡したという事実を受け入れることが出来なかった。人は死して、どこか遠くへ行ってしまったという意識を、われわれ人類は共通して持つようである。賢治は、天国に行ったとは思いたくなかったのである。天国を突き抜けて「天上の世界」に向かって歩み続けているカムパネルラの像を思い描くのである。
宮澤賢治と法華経宇宙
大法輪閣
渡邊 寶陽
地上に戻ったジョバンニはカムパネルラのお父さんから遠方にいる父親の話を聞き、一目散に母の元へと帰ります。賢治はこの作品の3稿に登場していたブルカニロ博士を4稿に登場させないことで偉大なる師の存在は消え、ジョバンニが現実の家族に理想を見出す展開へと変わりました。銀河鉄道においての死は悲愴感漂うものでなく、宇宙の中に新たな生を開くものとして描かれています。久遠の宇宙を走る列車の中で従容として死を待つカムパネルラはあの日のトシと重なります。
仏教が語りたいのは、無限の生命、大宇宙にみなぎる不思議な生命の輝きである。賢治のすべての詩や童話のなかには、こうしたおのれを大宇宙の生命と一体として感じる魂の恍惚が秘められている。わがいのちのなかに世界があり、世界の中にわがいのちがある。瞬時の生命を無限に豊かに、無限に深くかがやかせ。それが佛教でいう荘厳世界なのである。
宮澤賢治全集 別巻
筑摩書房
編者 草野 心平
「銀河鉄道の夜」は賢治が死ぬまでの8年間に何度も推敲を重ねた未完の作品です。大乗仏教においては、自然から人間までを貫く生命を考えて、その生命を佛とよび、崇めてきました。「ほんとうの幸せとは何だろう。」この言葉に表されるように、ひとは様々な生き方をしながらも真実を求めている。生きるとは辛く、厳しい。けれどこの現実を生きてこそ意義があり、理想がある。宇宙の善なる意思を信じてこの世界を一生懸命生きていこうではないか。賢治は私たちにそう言っているのではないでしょうか。

羅須地人(らすちじん)協会
提供:一般社団法人 花巻観光協会
たゞひとつどうしても棄てられない問題はたとへば宇宙意思といふやうなものがあってあらゆる生物をほんたうの幸福に齎(もたら)したいと考えてゐるものかそれとも世界が偶然盲目的なものかといふ所謂信仰と科学とのいづれによって行くべきかといふ場合私はどうしても前者だといふのです。すなはち宇宙には実に多くの意識の段階がありその最終のものはあらゆる迷誤をはなれてあらゆる生物を究竟の幸福にいたらしめやうとしてゐるといふまあ中学生の考へるやうな点です。
宮澤賢治
校本 宮澤賢治全集 第十三巻
筑摩書房






